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キャッツ会のはなし

木更津の不登校、ひきこもり経験者交流の場を月に1回開いています。 当事者に限らず、周囲の人も。                   自分の過去なども書いています。cats.kisa@gmail.com

私の通った高校

4月のキャッツ会決まりました。

よかったら来てみてね

 

kisaraduchancats.hatenadiary.jp

 

ブログは書けるときに書かないと、、、

という日々を過ごしています。
気づくと一週間が過ぎてしまっている毎日です。

のんびりが好きな私はこの慌ただしさに
少し疲れています。。
誘われた予定を行きたいもの、行かないもの、行かなくちゃいけないもの
でちゃんと分けて
自分のスケジュールを組めるとよいのですが
基本「行きたいもの!」ばかりなので
それが選べない私はまだまだ子供だなぁ・・・と。。


前置きが長くなりましたが
ずっと書きたかったこと。

私の高校生の時の話。
この高校の時間があったから私の世界への視点や
何気ない日々を幸せに感じる能力がついたのではないかと思います。


私が中学校に行けなくなったとき、夢は獣医さんでした。
普通に机に向かって勉強ができたら、それも叶えられたかもしれません。
でも、学校が怖くなっていた私には
教科書を開くことも体が拒否反応を示してしまって。
進研ゼミとかやっていましたが、やってるうちに気持ち悪くなって
体がすごく冷えていくのがわかりました。
心も、すごくパニックになって。

自分でもわかりませんでした。
夢のために、将来のために、勉強すればいいのに。

獣医さんへの思いはかなり本気でしたし、英語を学んでいろんな国の人と話したい気持ちもあったし、国語の教科書は趣味のように読んでいる子供だったのに。

どうやら普通の勉強はできないらしい。
家族は「焦らず、やりたくなったらまた始めればいいよ」と見守ってくれてましたが
私は、たぶん、誰より私に厳しいのは私だったので
何かできることをやりたいと、どこか将来につなげたいと
自分で高校を探してきて、高校へ連絡して
母に「ここへ入学したいから、一緒に説明を聞きに行ってほしい」と提案しました。
それが14歳の春。

私が見つけてきた高校はアメリカのワシントン州のカリキュラムに沿った高校だったので
14歳から入学可能だったのです。
アメリカにはホームスクラーという家庭学習の方法があることを初めて知りました。
その高校の教師は全員コーチング習得が義務付けられていたので
私が勉強に合わせるのではなく(笑)
私の中から出てくる「学びたい、知りたい」を単位に当てはめていく
そういう形式でした。

17歳ですべての単位を取り終え、18歳の一年間
「高校生」という名前の中で好きなことをできたんですよね。
スリランカへ行ったり、東京で遊んだり、行きたい大学を巡ってみたり。

 

その高校は

http://www.inter-highschool.ne.jp/

「東京インターハイスクール」といいます。
でも私の担任の先生や、私がいたころとは少し雰囲気変わっています。

 

そして私が在籍していたとき、理事長をされていた方が作った新しい高校

http://www.at-mhk.jp/

 

今、私が高校を選ぶ段階だったら、何を基準に選ぶだろう。
机に向かわなくても私の好きなことができる東京インターハイスクールはかなり魅力的でしたね。
今は新しいコースが増えて「英語特進コース」とか選ぶかな。
でも、今の人生だから逆算して考えると
大学に入りたかったらその勉強するべきだったなぁ(笑)

それとももっと逆算して、手に職をつけるべきだったかな(笑)

人生は今から過去を見ると、その時その時の最善を選んでるんだけど
後悔することもありますよね。

今の仕事は嫌ではないけど、私一人でできる技術を持っていたら
もう少し自由度が増えるかな、と思うこのごろです。

高校とは違うけど、応援している活動

http://www.dreampossibility.com/

「D×P」

私が高校生の時、この場所がほしかった!
関東にもあればいいのにな。